2022/10/21 07:56
私が愛する中小会社(お酒)
前稿に続き、私がもっとも若い頃勤めた製材会社について書いてみたいと思います。
たしかに私にとっては珠玉のような思い出の場所ではありますけれど、ただ思い出話を
ご披露するのは本意ではなく、今とは全く違う社会環境の中での、会社と従業員の素朴
なありようをみてみたいのです。
製材会社ですので毎月28日には山の神祭りがありました。広い野外工場の中に設え
(しつらえ)た大きい囲炉裏のまわりがその会場でした。神棚にお榊が新しく供えられ
一同柏手をうったあとは賑やかな酒席になります。
忘年会、新年宴会はありましたが、いつも本年の仕事はじめの日、仕事終わりの日、
場所はいつもそこでありました。特に料亭などに行った記憶はありません。
春は、皆で夜桜見物が楽しい行事でした。仕事は早めに終え、お酒とお弁当が支給
されます。時々はまだ早春の冷えでブルッとすることもありましたが、職工さん達
にとっては特に無礼講のうれしい賑わいでした。
夏は蛍を見る会。仕事は早めに終わります。お弁当とお酒は支給です。
秋は川遊びの会。仕事は夕刻早く終わります。お弁当は私たちで作りました。
社長の自宅で奥様が中心になってお弁当つくり。事務の女性社員、私を含めて二人
が動員されました。いくつかの重箱に料理が詰められました。いつもは逢えない
社長夫人と仲良くなって嬉しかったのを覚えています。お酒は勿論支給。近くの
小川で小舟に分乗して、お酒を酌み交わし、私たちの手作り弁当を食べ、笹船競争
をしたりして楽しみました。
冬は雪見の会とかあって、これは事務所の私たちだけが招待されました。近所の
お寺のお座敷で、雪景色を眺めながら、おいしいお茶と、和菓子のとびきり上等
を頂きました。やさしく粋な専務のはからいで、事務所で頑張っている私たちを
ねぎらってくださったのでしょう。製材会社というざっくりした会社ながら、
手作りの福利厚生の宴(うたげ)は、夢のように、今も思いだされます。
それにしてもお酒はずいぶん沢山使ったでしょうが、もしかしたらその時代の
花形はお酒だったかもしれません。今は飲酒運転は事故のもとなどとすっかり
敬遠されてしまいましたが……。
この変化の社会情勢を考えればやむをえないことだと納得しています。人の命ほど大切
なものはないのですから。それを弁えたうえで思うことがあるのです。
中小会社の社長さん方には『今日はいい取引先が増えた』とか『従業員がよく頑張って
くれて嬉しい』そんな気持ちの時「どうだ、今日は一杯行かないか」などと誘いたい気
持ちになる方も多いと思うのです。けれどその時「車ですから」とすげなく断られる。
「そうか」と諦めてもがっかりなさる。私にはその瞬間の外された気持ちがとても深い
意味をもつと考えられてなりません。難しいけれどこうして次第に社会に疎遠を生むの
ではないか。従業員と社長とのあいだに於いてさえも。
規制によって得るものと、規制によって失うものがある筈です。
法律的規制を作るときは、その波紋に深く心を添えた政策を願いたいものです。
2022年10月20日 川口 翠